常陸の国から療育日記

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zoom RSS あの日あの時〜竹内昌彦氏著・・・PTA運営委員会の研修会報告で知りました

<<   作成日時 : 2014/09/14 22:19   >>

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最近PTA運営委員会では、渉外部の先生方や本部役員様方が出席された研修会の報告をしていただけます。これがちょっと楽しみですが、今回全知P連研修会の「私の歩んだ道〜見えないから見えたもの〜岡山県立岡山盲学校 竹内昌彦先生」のご講演の内容報告を聴くことができました。

竹内先生は生後間もないころ中国から日本への引き上げ船で高熱を出され、その後遺症で右目の視力を失い、残った左目の視力も小学校のうちに失ってしまったそうです。親御さんは障害に冷たい世間でも沢山のことを経験させたそうです。

19歳でパラリンピックで金メダルをとり、大学にも進まれ盲学校の先生をされています。
ご結婚され3人のお子様に恵れました。ご長男は重度の障害で7歳で他界されています。
いじめのころ、障害者として生きてきたこと、親御さんが素晴らしかったこと、そして御自身とは別の障害を持ったお子様を授かったことなど、「ものすごい」人生を送られたご様子です。

頂いた報告のレジュメの
・残ったものを活かせ、失ったものを数えるな
・障害を辛いものにするのは人間だ
・子供たちに「ありがとう」と言われる経験を増やしましょう
・健康な身体に感謝しましょう
という言葉は著書にも書かれていました。

竹内昌彦先生についてネットで調べました。支援者のかたも多いご様子、先生の人生が映画化されるそうです。
http://haikei-takeuchi.jp/
上記の先生の人生は
http://eigakatakeuti.jimdo.com/ストリーのご紹介/
でも紹介されています。

さて、著書(あの日あの時)がどうしても入手したく、探したところ、ゲットできたのはヤフオク。
(自費出版らしく、アマゾンとか楽天ブックスでは見つからなかった)
これも2日で読み切りました(子が寝てから)。

画像


第1部 私の生い立ち
第2部 立派な教師を目指して
第3部 障害のある長男と過ごした7年の日々
第4部 目が見えないということ
第5部 障害者問題のいろいろ
第6部 私の訴えたいこと

私の夢
あとがき

から構成されています。
本の内容にとても感動しました。

昔は身体、知的関係なく、そういう子に恵まれた場合は家族とも差別され、子を外へは出せないことも珍しくなかったようですが、最近は障害があっても沢山のことを体験できる機会が増えてきました。
身体と知的障害は私は「親としては全く違うよ・・・」と感じるものの、社会が異質なことを受け入れ優しくなってくれればいいな、と思います。

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